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循環器医療崩壊 [医療事故]

河北新報 市が原告と和解 米沢市立病院医療過誤訴訟

米沢市立病院.jpg 山形県米沢市立病院で受けた心筋梗塞(こうそく)の手術で血管を傷つけられ、後遺症を負ったとして、高畠町の男性(60)が市に約7250万円の損害賠償を求めた訴訟は13日、市が500万円を支払うことで、山形地裁で和解が成立した。

 訴えによると、男性は2004年9月、心臓の血管にカテーテルを入れて血管を広げる手術を受けた際、血管が傷つき、大動脈から出血した。山形市内の病院に搬送されて止血の治療を受けたが、歩行程度の軽い運動しかできなくなった。

 男性側は「病院は心臓外科の専門医が不在なのに手術を強行し、血管を傷つけた」と主張。病院側は「手術は適切」と争っていたが、山形地裁は今年4月、和解を勧告した。  市立病院の山崎明医事課長は「因果関係は不明だが、手術後に後遺症となったことは事実として認め、和解に応じた」と話した。


山形地裁簡裁.jpg医療訴訟の「和解」で、医療者側が少額でも金銭を原告に支払うということは、自らの医療行為において問題があったと「有責」を認めたことになります。
従って、本ニュース記事における、米沢市立病院は有責を認めたことになります。

例え裁判が長引いても、患者の立場を思いやっても、この和解を受け入れてはいけなかったと考えます。

心臓カテーテルは心臓血管外科医も施行しますが、むしろ循環器内科医がよく施行しています。狭心症の治療に、開胸、バイパス手術を行うのは心外医ですが、心カテ下にバルーンを膨らませたりステントを留置して狭窄部位を広げるような手技を日頃良く行っているのは循内医です。

そして心カテ操作にはどうしてもある一定の確率で血管に損傷を起こし、穿孔、出血を来たしてしまうリスクが伴います。このリスクがゼロでないことを嫌うのならば、心カテ操作は行えません。
心カテ広尾.jpgこのニュース記事の事案は「事故」ではあっても、決して「過誤」ではありません。医療行為にミスはありません。有責と認めてはならなかった筈です。

患者側の「病院は心臓外科の専門医が不在なのに手術を強行し、‥」という主張を部分的にでも認めてしまうと、「心臓血管外科医が待機して、いつでも開胸手術のできる病院でなければ、心臓カテーテル検査/処置は行ってはならない」ということを認めてしまうことになります。
これは医師や病院というよりも、実は狭心症や心筋梗塞などの患者さんに大きな不利益をもたらすことになります。絵に描いたような循環器疾患医療崩壊と言えるでしょう。

患者本位にと考えるのなら、裁判で原告の請求棄却の判決をもらってから、市として思いやり措置を検討すべきだったと思います。
医療事故と医療過誤の区別ができず(あるいは敢えてせず)、医療機関を訴える原告や、それをそそのかした弁護士に、係争中に塩を送る必要があったとは思えないのです。

金銭の問題ではなく、この事案で医療機関が有責を認めてしまったという、誤った実績を作ってしまったことが悔やまれるのです。
患者救済を考えるのならば、原告が受け取るべきものは損害賠償ではなく、無過失補償であるべきだったと考えます。
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コメント 4

鶴亀松五郎

この症例は、アメリカの病院なら、ここで結論を出さずに最後まで戦うでしょう。
医療裁判をシャットアウトのスウェーデンなら、医療側に責任なし、賠償金もでませんし、出てもごく極わずか。あんた、普通に働けるんでしょ、賠償金なんて不要って感じで。
日本でも、他の公立病院なら最高裁まで戦うと思えるような事例ですが、この病院が地裁の判決で和解したのは不思議です。

大腿動脈アプローチでPCIを行って、(恐らく)シースを抜いた後で大腿動脈から出血して血腫形成(ここまでは、PCIではありがちな合併症)→歩行障害のコースでしょうか。
PCIでありがちな合併症のことはムンテラしていなかったのかな、どうなんだろう。
それで、裁判で、和解しなきゃならないの?
でも7250万円要求してが550万円に大幅減額ですから、弁護士費用を払ったら患者さんには対して残らないのでは?(余計な御世話ですが)

今は上肢の動脈アプローチが普通ですが、難しかったので大腿動脈アプローチになって、ということですかね。
PCI自体は心臓外科がいない施設での治療はガイドラインでは禁止されてはいないので、この点は患者の訴えが却下されたようです。
(欧州のいくつかの国や、アメリカのいくつかの州では、心臓外科がいない施設でのPCIは禁止されていますが、日本では禁止されていないので法律違反にはなりません)。





by 鶴亀松五郎 (2008-08-06 15:52) 

筍ENT

鶴亀先生、いつもありがとうございます。

ニュース記事以上の情報がないので、大動脈からの出血→歩行困難というこの事例が、単に穿刺部の出血の話なのか、そうではなくて、大動脈(Aorta)をどこか傷つけて開胸となり、その間に梗塞が進んでしまったという話なのか、私にはよくわかりませんでした。

後者なら重症陳旧性心筋梗塞で、日常の運動制限が厳しくなった、ということになりますが、そうだとしても医療過誤ではないと信じてこの記事を書きました。

もし鶴亀先生の言われるような、穿刺部位の血腫で、一時的に歩行困難を来したなどという程度の話だったら、訴える方がどうかしています。

以前にも少額の賠償額しか取れず、儲かったのは弁護士だけ?という事例を取り上げたことがありました。
http://takenoko-ent.blog.so-net.ne.jp/2008-01-02
どちらの事案でも訴えた患者もむなしかったことでしょう。

心臓血管外科医がいなくても特にPCIを禁じないというガイドラインが覆されるようなことさえなければ取り敢えず安心ではあります。

いつも貴重な情報をありがとうございます。
by 筍ENT (2008-08-06 21:12) 

通行人

世間における感覚との乖離かも知れませんが
約7250万円の請求で
500万円での和解であれば,法律実務に携わるものは病院側の責任は否定されたとまず考えたと思います。
7200万円の裁判を起こすためには
裁判提起のために裁判所に納める費用
24万程度
鑑定に係る費用
数十万円
私的意見書を出していれば
別途数十万円
協力医師への医師への謝礼
交通費等々
弁護士費用(原告にとってはほぼ負け判決に近いので報酬を多くとることは無理でしょう)
考えると,
実費プラス+見舞金なにがし程度(+α)程度か
このようなことを考えると
病院側の責任を認めたものとは到底いえないと考えるのです。

では,判決まで進めば,勝てる可能性のある裁判にてなぜ和解をするのか。
それには
煩わしい裁判から解放されることといった理由もありますが,最大の理由は,リスクヘッジです。
例えば,
1審で負けた原告側が控訴した際に,高裁にて鑑定が行われ得ことがあります。このときに訳の分からない鑑定人,例えば高名な大学の先生方が鑑定人に選ばれて,(高い目線から)非現実的と言える鑑定意見を述べた場合どのようになるか。多分,裁判所は,医業ミス有りと判断せざるを得ないでしょう。
このような鑑定人のリスクがおそろしいのです。
病院側が負ける際には,たいてい鑑定人の特異な見解によることが多い。
(裁判所には医学知識がないのですから,何らかの胃が買う的な見解に従います・・・・その一番のよりどころが鑑定人の意見)。
なぜ鑑定人の特異な意見が多いのかというと,鑑定人は大学の先生方が選ばれることが多いところ,そのような方々は,自分の考えというものをもっていますので,それ以外のものは極端な場合否定してしまいます。少なくとも,市中の医療の目線で意見を書くことは少ない。
よって,医療機関側に厳しい意見となることも少なくない。
このようなとんでもない意見が出てくるリスクを考えるならば(その時には,7000万円近い負け判決になるでしょう),・・・・・・,500万円程度であれば,やむを得ないと考える場合もあり得るのです。
このような,非現実的な鑑定意見を書く医師が減少すれば,このような和解を少なくて済むようになると思います。
医療側が負ける判決のネタの出所は,医師からであるということが少なくないという現実があるのです。
鑑定を引き受けられる大学の先生方には,このような点での配慮,市中の目で見る,そして,(結果から追いかけるのではなく)それまでの医療の流れでその時の判断が間違っていたと断定してよいのか(学閥的或いは見解の相違を,とりあえずおいておいて,現在我が国で行われている多様性があり且つ標準的な医療というものから考えて,誤りと断定しなければならないものであるのか,という点について,十分な配慮が必要かと。
そうでなければ
高度な観点からの鑑定意見が,そのまま判決につながり,それが医療崩壊につながる。
こんなことになってしまうことがあるかと感じます。
by 通行人 (2008-08-08 14:20) 

筍ENT

通行人‥先生‥ですよね。ご訪問ありがとうございます。そして何より現実の貴重な情報を有り難うございます。

ご指摘の和解のメリット、大変良く理解出来ました。建前の無責を勝ち取るために、大きなリスクを背負うことは賢い選択ではないことがよくわかりました。

そしてその原因が、ありていに言ってしまえば、肩書きの立派なトンデモ鑑定人というのが大変悲しいことです。
医師だから医療側の見方をせよ、ということではありませんが、結果責任主義で裁いてはならない医療に、偏った意見で過失責任を押し付けるような人には困ったものです。

医療裁判の現実の一側面をわかりやすく解説して頂き、大変ありがとうございます。大いに参考になりました。
by 筍ENT (2008-08-08 19:17) 

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