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がんの告知と受容 [医療事故]

河北新報 「病受け入れること大切」がん体験、死生観つづる

 岩手県内のがん患者や家族らでつくる「かたくりの会」が、結成15周年を記念し、個人の体験や死生観をつづった本「かたくり文集」を自費出版した。患者の目を通して医療の在り方などを問う患者学を重視する内容で、会は「病気でない人にも読んでほしい」と話している。

 A5判、296ページで、1000部を出版した。

 約50人の体験記をまとめた「私達の想(おも)い」には、「息子の死から」「がんと共に生きる」などのタイトルが並ぶ。奥州市の女性は「がんによって咲いた花」と題して「今日も笑い、明日も笑える事でしょう」と、会の活動で得た前向きな気持ちをつづった。

 会長を務める盛岡市の佐々木長吉さん(78)は「私の患者学」と題し、自らのがん闘病体験などを通して得た病気に対する考え方などを約140ページの論文にまとめた。「患者は病気のマイナスイメージだけにとらわれてはいけない」と状況を受け入れる大切さを訴える。

 会は1992年、盛岡市の女性がん患者の呼び掛けで発足した。会員は県内の約230人。盛岡、奥州、宮古、久慈の4市の支部ごとに月1回、集会などを開いている。

 1冊1000円(送料込み)で、事務局長の千葉武さん(67)は「患者と家族、医療関係者の心構えをぜひ多くの人に学んでほしい」と呼び掛けている。連絡先は千葉さん019(672)1305。

がんの告知は古くからの問題で、未だにこれが正解というものはないのかも知れません。それでも今は自分のがんは告知して欲しい、家族には告知しないで欲しいという意見が多くを占めると聞きます。

がんの告知を受けた人間の心理状態の移り変わりは、教科書的には「否認→怒り→取り引き→抑欝→受容」とされます。これを反復することもあり、漸く自分の死と向かい合うことになることになります。

医療者の側でもこれを考えて、がんの告知をする・しないは、それぞれの立場で、一人ひとりの患者さんのことを考えて、ケースバイケースで行って来たと思われます。しかし、医療訴訟急増の今日、医療者の側は、言い方はイヤですが、自らの保身もあり、非告知の選択肢はなくなって来たように見えます。

がんを告知しなかったために、生存中にしたいことができなかった等で医療者が訴えられたケースもあったようです。非告知を理由に訴えられるのであれば、もはやその選択肢はありません。
臨床家はこの問題については多くの場合思考停止状態になっているのではないでしょうか。即ち診断がつけば直ちに患者にそれを遅滞なく伝える、ことは事務的に勧められて行きます。

多くの場合告知が非告知より求められるとは思います。しかし告知された人の心をケアする体制がまだまだ不十分な状態で、機械的な告知がなされるようになったのは、何でも訴える風潮が患者さん自身を苦しめることになったとは言えないでしょうか。
これも「医療崩壊」の一つの現れではないかと思わずにはいられません。


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