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まだ進む医療崩壊~無理な説明責任 [診療]

毎日新聞 国に880万円支払い命令 説明義務違反認める 防衛医大病院医療過誤訴訟

防衛医大病院医療過誤訴訟:国に880万円支払い命令 説明義務違反認める

 ◇差し戻し審

 防衛医科大病院(埼玉県所沢市)で脳動脈瘤(りゅう)破裂を防ぐ手術を受け死亡した男性大学教授(当時61歳)の遺族が、手術法の説明が不十分だったとして国に約9600万円の賠償を求めた訴訟の差し戻し控訴審で、東京高裁は18日、880万円の支払いを命じた。太田幸夫裁判長は担当医師に説明義務違反があったと認めたが、死亡との因果関係は否定した。

 判決は「手術の問題点について分かりやすい説明があったとは認められない。教授は30-40分の説明を受けただけで、熟慮の機会を与えられなかった」と述べた。一方、説明を尽くせば教授が手術に同意しなかったとまでは言えないとした。

 教授は96年2月に手術を受けた後、脳梗塞(こうそく)で死亡。東京地裁は、医師が説明を尽くしていれば手術を受けなかった可能性が高いとして約6640万円の賠償を命じたが、東京高裁は説明義務違反を認めず遺族側逆転敗訴とした。最高裁は06年10月、審理を差し戻していた。【北村和巳】


少々わかりにくいのですが、手術の結果死亡したこの事案について、1審東京地裁判決は、説明義務違反と死亡との因果関係を認めました。即ち十分に説明を尽くせばこの患者さんは手術を受けないと言う選択を行い、死亡には至らなかったであろうという考え方です。
東京高裁は請求を棄却し、医師を無責としたようです。
最高裁は昨年10月、「説明義務を果たしたとはいえない」として、審理を差し戻し、今回の東京高裁の判決に至ったものです。

この最高裁判断と東京高裁の判決は、現在の医療の現状を理解していないものと思います。現実に30~40分の説明では、インフォームド・コンセントは成立していない、という判断です。

今回も少し長いのですが、小松秀樹氏「医療の限界」(新潮新書) 第一章 死生観と医療の不確実性 より引用します。

 十時間を超える説明
 医療現場を落ち着いたものにするためには、医療の不確実性についての認識を、患者と医師で共有しなければならないと思います。読売新聞・本田麻由美記者の文章にその難しさが書かれています。

「『医療は万能ではなく、不確実なものだ』--。間もなく4年になる乳がんの闘病生活を通じて、この言葉の意味がわかるようになった」
「『医療の限界』を実感したのは、患者になってからだ。きっかけは最初の手術から半年で見つかった局所再発だった」
「彼らは、乳房全摘でもすべてのがん細胞を取り切れない場合もあること、がん細胞が増殖して大きくならないと検査でも発見できないこと。標準治療がすべての人に効くかどうかは分からないこと--など、人間の身体の複雑さや医療の難しさを、とことん説明してくれた」
「延べ10時間は超える対話を通して、『現代医療も不完全で分からないことだらけ』ということを認識できた」
「知人の小松秀樹・虎の門病院医師は、『医療の不確実性と限界を理解してもらうことが、医師と患者の不毛な対立を防ぐのに役立つ』と言う」
「その通りだとは思うが、患者には、『不確実性』についての説明を受ける機会が少ない。そこに『不信』の根がある」
   「がんと私」(本田麻由美 読売新聞2006年6月16日付朝刊より)

 私自身、1980年代半ばには、医療について、医師と患者に大きな齟齬があり、対立の原因となっていることを実感していました。しかし、多くの医師は、本田記者が指摘しているように、つい最近までこのことに気付いていませんでした。
 虎の門病院の泌尿器科では、医療の不確実性については、かなり説明をしているつもりです。しかし、患者に納得してもらうために、10時間以上の説明が必要だとすると、医療現場にこの責任を押しつけるのは無理があると思うのです。
 本田記者は闘病生活に苦しんできました。大きな不安の中で検査結果を待ったり、あるいは、検査結果に喜んだりしてきました。さらに重要なことですが、本田記者はこれに正面から取り組み、考え続けてきました。本田記者には多くの愛読者がいます。彼女に、医療の不確実性についての意見を新聞に書いてもらうのは非常にありがたいことです。医師がいくら説明しても伝えられないものを、彼女は伝える能力を持っています。私は本田記者に絶賛のメールを送りました。
 しかし、10時間以上の説明が受けられたのも、彼女が世界最大の新聞社の有名な医療記者だったからではないでしょうか。すべての患者がこうしたていねいな説明を受けるのは、現在の医療体制ではとても無理です。
 人間はいつか必ず死ぬということ、医療が不確実であるということは、本来社会の共通認識であるべきだと思います。しかし現実には、ほとんどのメディアが不確実性を受け入れようとせず、一方的に患者と医師の対立を煽ってきたところがあります。

手術を受けるすべての患者さんに10時間を超える説明を行い、同意を得ないと、医師の説明義務違反を問うつもりでしょうか。もし本気でそんなことを考えているのなら、病院の外来は受診制限を行い、手術を必要とする患者さんが多数待たされ、その間に命を落とすことさえ考えられます。より一層医療崩壊を促進してしまいます。今回の最高裁・高裁の判断は、現場を知らない判決としか思えません。

ここで世の中の常識を取り入れようと裁判員制度に期待しても、その裁判員も判事以上にこうした現実を知らず、もっとひどい判決を要求するものと思われます。

今一番求められていることは、小松先生の訴える「医療の不確実性」を広く国民に認識してもらうことであり、このためにはメディアにもっと啓蒙してもらわなければなりません。医療者が刑事立件されたり、民事敗訴した事件を、魔女狩りのように報道していたら、事態はもっと深刻になると考えます。


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コメント 4

majubijou

こんばんはぁ

説明不十分だと、、、、
よけいに同意をしないと思いますが・・・
違うんでしょうか?

10時間もの説明をしていただけるんですか?
私はまだ大きな手術は受けたことがないので、
でも、不十分であれば自分でまた
説明を再度お願いできるんですもんね
by majubijou (2008-01-11 19:35) 

筍ENT

コメントありがとうございます。

説明不十分が問題とされるのは、簡単に言い換えれば「耳に優しいいい話ばかり聞かされて手術に同意したのに、結果が良くなかった。最初からもっと色々なリスクをちゃんと聞かせてもらっていたら手術に同意しなかった。最初の説明が足りないために不幸な結果を招いた。責任をとれ」
ということです。

10時間もの説明は現実には不可能である、と小松医師も述べています。実際に裁判所が医師に10時間の手術説明を求めるのなら、病院の機能は麻痺してしまいますよ、というのが趣旨です。

わかりにくかったらごめんなさい。
by 筍ENT (2008-01-11 23:22) 

えむ

3、40分説明、常識的にはしっかり説明してると思います。それでも「熟慮の機会を与えられなかった」ってのはなんなのでしょうね。

たぶん同意書には「説明を受け理解できました。治療方針に同意します。」とかいう文言入れてサインもらうようにしているはずで、ひょっとして、裁判所はこれでは足らんと否定したということですか。熟慮時間が最低半日要るとか。

だとすると、日本中の全病院がひっくり返っちゃう・・・。
by えむ (2008-01-12 11:03) 

筍ENT

全くご指摘の通りで、30~40分の説明でもかなりのことを患者さんに伝えられていると思います。もちろん手術を受ける側の患者が、自分の迷い・不安を医師にぶつけたいと思う気持ちはわかります。
きっと10時間の医師との話し合いの中では同じことを繰り返し質問することもあれば、悩み・その他直接医療と関係ないことも話されていると思います。
こうした対話の時間を否定する訳ではないのですが、すべての手術患者と10時間ずつこれをやっていたら病院の機能は麻痺してしまう、ということですね。

一部医師以外の人間でも肩代わりできる機能があるのではないかとも考えています。

コメントありがとうございます。
by 筍ENT (2008-01-13 00:09) 

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