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自ら結果責任主義を認める愚行-鳥取厚生病院 [医療事故]

毎日新聞 医療過誤:ヘルニア手術で手足まひ 県、和解金4500万円支払いへ /鳥取

鳥取県立厚生病院.jpg 県は2日、倉吉市東昭和町の県立厚生病院で05年3月に高齢の女性が首の椎間板ヘルニアの治療を受けた際、両手両足にまひが残る医療過誤があったと発表した。ミスの具体的内容は不明だが、まひの事実を重く見て医療過誤と結論づけた。和解に向け県が慰謝料や治療費などとして約4500万円を支払うことで女性側と合意したという。

 女性は手足のしびれを訴え05年3月28日に手術を受けたが、手術後に右の手足がまひしていたため4時間後に再手術を受けた。まひは悪化し、両手足に広がった。

 院外の専門家を招いた医療安全管理委員会は「手術に伴う合併症で、医療ミスには当たらない」と判断した。しかし、リハビリを続けても症状が改善されないため07年11月、手術の再調査を始め、医療ミスがあったとの結論を出した。

 前田迪郎院長は「具体的な原因は特定できていない。両手足のまひという非常に重い症状になったため医療ミスがあったという結論を出した」と説明。「大変な苦しみと長い後遺症を与えたことを心よりおわび申し上げる」と謝罪した。【遠藤浩二】


頸椎椎間板ヘルニア.jpg医療が不幸な結果に終わったことを、その事実を以て糾弾すべきでない、ということを書き続けて来ました。結果責任主義を医療に持ち込むな、それで裁判等で医療者を裁き糾弾して来たことが、医療崩壊の最も大きな原因と言えます。

しかるに、目を疑ったのがこのニュース記事の鳥取県の対応です。裁判になった訳でもないし、刑事訴追に踏み切った検察が述べている訳でもありません。自ら「具体的な原因は特定できていない。両手足のまひという非常に重い症状になったため医療ミスがあったという結論を出した」などと言って、根拠もなく「ミス」と自院の医療行為を断ずるのは信じられません。

福島県立大野病院事例は他人事だと思っているでしょうか。亡くなった妊婦に県から損賠として支出しようと、無理矢理医療の過失を認めるような態度を取り、加藤医師もそれを承諾してしまったために、警察が業過致死罪立件しようと動き始めて、愚かな刑事裁判に到ってしまったという、この不幸な事件を。

全く同じ構図ではありませんか。ここで鳥取県警が動いたり、地検が起訴したりしたら、同じ不毛な裁判を繰り返すことになります。決して認めてはならないことを院長は発言してしまったと思います。

そして例によって尻馬に乗る毎日新聞。早速記事に「医療『過誤』」と、鬼の首を取ったようなタイトルをつけています。

いい加減にしなさい。
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医療に全く関係のない人間からも一言

>結果責任主義を医療に持ち込むな、それで裁判等で医療者を裁き糾弾して来たことが、医療崩壊の最も大きな原因

確かに結果責任主義を医療に持ち込むことは理に適っていないと思います。

ただ、大野病院のような一件が何故起こったか?
医療従事者の方には表面的な出来事のみに終始することなく、
もう少し突っ込んで考えて欲しいんです。

根本にあるのは医療不信であることに疑う余地はありません。
大野病院の一件でも、少なくない一般市民は
「本当に何も悪いことしてないの?」
「口裏合わせてミスを揉み消そうとしてるんじゃないの?」
と思ったはずです。

ある意味、これまで医療従事者の方が積み上げてきた(逆説的に)医療不信というものが大きく顕在化した事例とも言えるのではないでしょうか。
医療従事者側がこの点を理解しないと一般市民との意識の乖離は益々顕著になるでしょう。

医療従事者の方は
「あんな事(大野病院の一件など)や、すぐに患者が訴えたりするから
医者が馬鹿らしくて辞めてしまうんだ。それで困るのは一般市民なのに」
こういうロジックを好んで使いますが、
正直、一般市民の心にあまり響きません。

それで矛を収める一般市民もいるでしょうが、
それは納得した訳ではなく、
ただただ、「それは大変だ。困る。怖い」
と思うから声を上げなくなるだけです。
悪い言い方をすれば
「人質(信頼できる医療)を取られて、脅されている」
ような印象を受けるでしょう。

「お産に限らず手術に100%安全はない」

こういった事実を一般市民に啓蒙していくことは非常に大切です。
ただ、医療従事者の側も問題の根本にある医療不信に対して、
きちっと向き合って具体的な行動を起こすべきです。

一部にはクレーマーのような患者もいるでしょう。
しかし、大多数の一般市民は裁判を起こすこともなく、
ただただ、現実を受け入れて、全力を尽くしてくださった現場の方々に感謝しています。
その事実を忘れてはなりません。

私は喧嘩を売ってるつもりは毛頭ありません。
その逆です。
医療従事者と一般市民との溝をなくし、
皆が納得できる医療システムができれば良いなと願っています。
その為には患者側だけでなく、医療従事者の意識改革も必要でしょう。


by 医療に全く関係のない人間からも一言 (2008-09-05 00:14) 

医療に全く関係のない人間からも一言

書き忘れましたが、個人的に大野病院の一件について
検察の起訴には理解に苦しみます。

問題の根底に医療不信があるのは確かなのですが……。

現実には「医療行為における過失は犯罪にしない」
といった方法等を取るしかないですね。


by 医療に全く関係のない人間からも一言 (2008-09-05 00:25) 

筍ENT

大変貴重なコメントありがとうございます。

どうしても医療者側の視点で記事を書くことになり、こうしたご意見を頂けるのはありがたいことと思います。

つい今頻発している医療裁判、そして最近では一番大きな事件となった福島県立大野病院の事例などを考えてしまいますが、患者さんの立場から見た医療不信については考えて行かなくてはなりませんね。

今も昔も、医者は単純ですから、目の前の患者さんの疾患を何とか改善しよう、生命の危機にある人は何とか救命しよう、これしか考えていません。何も難しい事は考えておらず、この上なく単純な動機のもとに仕事をしています。
何か知り合いの利害のからむ相手を、医療に見せかけて殺してやろう、などというケースででもない限り、故意による患者の健康被害ということはあり得ない訳です。

医療関連死・傷害が発生した時、少し前から医療者は全てを患者さんに話し、事故調のない今は警察に届けるようになりました。左右取り違えなど明らかなミスがあればもちろん謝罪し、患者さんへの補償に努めます。

確かに以前はそうした説明が誰にも為されないことがあったかも知れません。これからは全てをガラス張りにして行くことを続け、その積み重ねで患者さんの医療不信を解いて行くしかないでしょうね。

そして全ての解決は医療者と患者さんの間でなされるべきと思います。必要な時は間に事故調が入ります。
しかし警察・検察は何にも貢献しません。介入しないで欲しいと思います。そしてそのために業過致死傷罪を廃止し、医療に限らず全ての事故は、個人攻撃でなく、徹底的な調査と再発防止を図るべきと思っています。

ご訪問ありがとうございます。
by 筍ENT (2008-09-05 12:18) 

鶴亀松五郎

医療に全く関係のない人間からも一言さま。

遺族のかたが、どの点で医療不信という考えに至ったのか、そこに至るまでの経過のどこに問題があったのか、を検証するほうが、患者と医療職側の行き違いの解決策になるのではないでしょうか。

一般人の多くは、事実を性格に伝えない大手マスコミの記事を鵜呑みにしていますから、背景もきちんと調べず、公判記録も読まずに、単細胞的に医療不信を口にします。これは、間違いだと思います。
大手マスコミの記事のように、きちんと背景を調べもせずに、単純に医療不信を持ち出すのは、愚かな人間のやることです。

一般市民の間にも、理解力の差は厳然としてあります。
いくら丁寧に時間をとって説明しても、初めから決めてかかり、医療側の説明への理解力の足らない家族と患者もいます。
数年前の、アメリカのリポートでは、こういう家族や患者には知的能力に劣るものが多い、と論文を医学専門誌(すみません、文献をきちんと提示できず)で読んだことがあり、納得しました。

こういう家族がいると、医療職側も構えてしまうんですね。
もちろん、説明に納得して頂ける家族のほうが多いです。
決められていた寿命だった、運命だったのだから、受け入れると仰って、淡々とされて騒がない家族も、同じように多いです。
大野病院事件の場合、亡くなった患者さんのご主人側は、医療側の説明を受け入れています。
しかし、患者さんの実父の側が、どうしても受け入れられなかった経緯がります。
ひとくちに遺族と言っても、さまざまです。

わたしは、どの家族にも納得のいく説明というものはないと思います。
どうしても納得できないのなら、それもしかたないと思います。
医療者側にも、患者側にも相当な負担になりますが、今の段階では裁判で主張していくしかないと思います。

ま、それは、ひとまず、置いといて。

今回は、もしかしたら時間はかかっても、遺族のかたと充分に話し合う機会が持てたかもしれないのに(実際に、そういう機会を設ける予定だった)、警察と検察が刑事裁判にしてしまったことで、
話し合いの場がつぶされてしまったことが、最大の問題です。
刑事事件化しなかったら、数年かかっても、医療側の考えを理解していただけたかもしれません。
でも、その話し合いの前に、警察と検察が勝手に動いてしまったのです。

このブログでも紹介しましたが、医療裁判を行わない先進国がいくつかあります。
スウェーデンなどの北欧諸国と、ニュージーランド。
オランダなども、一部で導入しています。
ばかげた刑事裁判や、民事訴訟をやめるには、そうするしかないと思います。
by 鶴亀松五郎 (2008-09-06 18:16) 

鶴亀松五郎

国際的な医療安全研究機関であるWHO Collaborating Centre for Patient Safety Solutions のNewsLetterの2006年11月号に、診療関連死や有害事象が起こった時の、医療者側の対応の仕方についての、示唆に富む助言があります。

あくまで医療者側が取るべき態度として、どうすべきか、の内容です。
診療関連死や有害事象が起きたとき、医療裁判や医療職資格停止の可能性を考えて、身構えてしまう医療職に、落ち着いて対処する方法が掲載されていました。
患者側に真実を話すこと=医療職側にとっては、一番言いたくないこと、ではあるが、きちんと話したほうがよいし、医療機関側の取るべき態度、言葉づかいや、言ってはならぬこと、言わなければならないこと、が書かれており、大変、参考になりました。

◎Patient Safety Link, November 2006, Volume 2, Issues 10 and 11 - Apology and Disclosure Issue
http://www.ccforpatientsafety.org/31132/

ARTICLES:
#Communication to Reduce and Respond to Medical ErrorsThe Sorry #Works! Coalition: Making the Case for Full Disclosure
#A Case of Failing to Apologize
#Disclosing Errors and Examining Mistakes
#Crafting an Effective Apology: What Clinicians Need To Know






by 鶴亀松五郎 (2008-09-06 18:55) 

筍ENT

鶴亀先生、いつもありがとうございます。
私のように病院を去って久しい者より、的確なアドバイスを頂いてありがたく思います。

ご指摘のように、患者さんが感じる不信はいったいどこにあるのかをはっきりさせて、医療者側とそれを取り除いて行く作業が必要かつ有効でしょうね。

そこで警察・検察が勝手に、あるいは遺族が怒りの感情に任せて刑事告発などを行うと、そこで医療者と患者の対話は絶たれてしまうことになります。

ご紹介頂いたWHOのサイト、英語力低下が著しいので苦労しそうですが、読んでみようと思います。

いつもご訪問ありがとうございます。
by 筍ENT (2008-09-06 21:34) 

医療に全く関係のない人間からも一言

鶴亀松五郎さま

確かに大手マスコミの「お涙ちょうだい記事」は
諸悪の根源ともいえますね。最悪です…。

患者側も不幸があって感情的になる部分があるのは仕方がないと思われます。
しかし、表現は悪いですが、クレーマー紛いの患者(遺族)に狙われた医療従事者の方は本当に大変だろうと思います。
啓蒙とinformed consent(はっきりリスクを伝える面においての)が重要でしょうか。

ただ、一部には実際いるんですよね。
医療従事者全体の評価を下げてしまう医者が…。

これは最近私の友人の身に起こった出来事です。

ある晩、救急車で運ばれてしまいました。
以前から腹痛がありましたが、
様子を見ると治まるので無視していたそうです。

元来が我慢強い人間なのですが、
その晩は痛みに耐え切れず、
嫁が救急車を呼んで、近くの救急病院へ。
そこで色々と検査してもらったのですが、
「胃腸炎でしょう」と言われて薬を渡されて帰されたそうです。

一旦は帰ったのですが、あまりに酷い痛みにこれはおかしいと。
そこですぐに別の病院へ。

そこの担当医の方は触診で、「まず盲腸でしょう」と。
実際、盲腸だったようでして、開腹してから膿を吸い取ったそうですが、
物凄い量の膿が…。
どうやら腹膜炎になっていたそうです。

友人曰く「最初の病院だけはもう2度と行かない。お前も救急車に乗ることがあっても絶対に○○病院だけは隊員に断れ」と言われました。

確かに、医療事故ではないのですが、
この対応(能力)の差はなんなんでしょう?

他の先進国では警察司法の医療不介入が進んでいるそうですが、
同時に医療免許の更新にテストがあったり、
過去に処分がないかなどを調べられたりしませんか?

その点で日本の殆どの資格や大学と一緒で取れば(入れば)安泰。
取ること(入ること)が目的になっている。
また、自力で医者になるならまだ良いですが、

http://ameblo.jp/babynikkan/entry-10133723623.html

このように免許を持つ資格すらない人など…。

医療従事者側もそういう点を自助努力で改善することが
一般市民の信頼度UPに繋がる(あくまで一つの)方法ではないでしょうか。


by 医療に全く関係のない人間からも一言 (2008-09-07 01:11) 

鶴亀松五郎

医療に全く関係のない人間からも一言さま。
長くなってしまいますが、おつきあいお願い申しあげます。

>他の先進国では警察司法の医療不介入が進んでいるそうですが、
>同時に医療免許の更新にテストがあったり、
>過去に処分がないかなどを調べられたりしませんか?

医師免許更新のためにテストをしている国はありません。
医師免許の更新の場合、生涯教育の講習会に出席して、数年ごとに決まった単位数を取得して、医師免許の更新を行っている国はあります。
たいてい先進国は、このような方法を取っています。

専門医資格に関しても、数年ごとに更新制をとっている国が多いです。
米国のように、10年毎のテストによる更新を取っている国もあります。
殆どの先進国では試験ではなく、生涯教育の講習会への出席や主要な学会への出席のポイント数が、更新の条件になります。
欧米の先進国における、この出席ポイント数は、かなりの数字です。日中の業務時間内に堂々と、資格更新のための講習会が開かれるので、医師の場合は休診となります。当然の権利として認められています。
日本では、平日の午後や、週末(金曜日~日曜)にかけて、講習会が行われて、日常の診療に支障がないようにしています。
欧米とは、考え方が違うのかもしれません。

日本も、日本専門医機構で認めれれている専門医資格は5年ごとの更新制になっています。
学会や生涯教育の講習会への出席による単位のポイント数が決まられています。
内科専門医の場合は、それに加えて、最初の専門医資格取得試験よりは量的に少ないですが、5年ごとのテストも必要になります。

・・・医師免許の更新と専門医資格の更新を混同されるかたは多いです。
医師資格は、あくまで医学部を卒業して臨床医としてのトレーニングを始める為の初歩的な資格で、それだけでは単独で患者を診療することができない、というのは欧米の考え方です。日本も基本的には、そうなのですが。
医師資格取得後に数年間にわたる専門医トレーニングを受けて、専門医試験を経てを専門医資格を取ってから、病院などのスタッフドクターとして、単独で患者を診療できるようになるのが、国際的な標準です。

また、先進国には患者からの医療過誤などのクレームをうける機関が別途ありますが、実際に医療職が処罰(医療職資格の停止など)されるのはごく一部です。
クレームを受けつけたあとに、専門医と医療安全の専門家が判断して、別の機関が処罰の内容を決めます。
例えば、医療裁判を行っていないスウェーデンでは、患者からのクレームは毎年3500以上あり、そのうち70%は医者に対するものです。そのうち、実際に医師資格停止となるのか毎年1名ほとで、残りの大部分は医療職に責任なしと判断されます。むしろ看護師の資格停止のほうが多いです。
ま資格停止にはならなくても、警告と訓告があり、再三に渉って警告があった医療職は資格停止になります。
診療関連死や有害事象で、患者側に補償が必要な場合は、クレーム処理機関でも、処罰決定機関でもない、別の機関が対応します。
つまり、患者側のクレーム処理、医療職への対応、患者への補償処理、が並行して行われます。

>その点で日本の殆どの資格や大学と一緒で取れば(入れば)安泰。
>取ること(入ること)が目的になっている。
>また、自力で医者になるならまだ良いですが、

誤解されていますね。
医師の場合は、医学部に入っただけではだめで、国家試験がありますから、入学したから安泰と言うことはありません。
一般の大学、学部とは違います。安泰ではありません。
折角、医学部に入っても、国家試験に受からず、ただの人、で終わるかたもなかにはいます。
国家試験にむけて、医学生はかなり勉強しますし、医者になったあとでも、専門医トレーニングと専門医資格試験がありますから、つねに努力をしていかねばなりません。専門医資格は更新制ですし。ただ、更新の条件が緩やかな専門医資格もあります。
ごく普通の臨床医なら、だれでもしていることです。
なかには、努力することを怠っている医師もいるでしょう。

>この対応(能力)の差はなんなんでしょう?

かならずしも、能力の差とはいえないと思います。
同じ疾患であっても、検査を充分にしても確定診断がつかない場合もあります。
症状や検査データが変化するからです。
入院患者が、当初の診断とは違った診断になる場合もよくありますし、手術をしたら、別の臓器に病気が見つかったり、手術で取りきれると思ったら、実際には検査ではわからなかった病気が見つかって、手術が途中で中止になることもあります。
他から紹介されてきた患者が、当初の診断と違ったり、なんでもない場合もあります。
臨床とは、そういうものだというご理解していただきたいです。

日本の場合は、フリーアクセスで、保険証一枚で、好きなときに好きな医療機関を受診できます。
先進国では、こういうことは難しいです。
まず家庭医に連絡して、予約をとるが、必ずしもその日に診てもらえるとはかぎらず、数日後になることのほうが多いです。
また、好き勝手に病院も受診できません。あくまで、家庭医を通してからの受診となります。それとて予約制です。

日本の場合、医療機関へのフリーアクセスがあって、(都会に住んでいれば)不安なら別の医療機関をすぐに受診できるけですから、その点でも恵まれているのではないのですか?一般市民のかたには、そういう点への理解が少なく感じます。

>自助努力で改善することが
>一般市民の信頼度UPに繋がる(あくまで一つの)方法ではないでしょう>か

医療職側の自助努力は、あくまで医療職自身のスキルを落とさない為です。結果として、患者さんのメリットになるからです。
一般市民からの信頼度アップが目的ではありません。
現実に、日本以外の先進国を見たらわかるように、医療職側がそういう努力を継続していても、一般人のなかには、誤解や認識不足のかたもいらっしゃいますし、騒ぎ立てるかたもいらしゃいますし、医療紛争(裁判になる場合も、ならない場合も含めて)も消えません。
医療職の努力はあくまで、専門職としての技能を落とさないためのものであり、一般市民が医療紛争をしなくなったり、言いがかりをつけられることを減らすことが目的ではありません。
先進国の場合、簡単に資格停止にはせずに、underpeformance(技能が低い)の医療職がいたら、再教育するシステムも整備されています。

欧米の医療機関への受診システムなどは、海外在住経験者以外の一般市民にほとんど知られていないですから、日本の医療システムに不満を爆発させる人は、欧米なら生きてはいけないだろうと思います。

日本の場合、医療紛争への対応、医療安全への対応、はかなり進んできています。
日本はどうしても、欧米から遠く離れた島国なので、まだまだ国際的な標準ではなく、遅れたシステムが残っていますが、一日も早く、国際的な標準の医療安全のシステムを構築する必要があります。

医療者が医療裁判や資格停止を念頭にいれて、身構えてしまうことはよくあることです。
診療上、困ったことが起きた場合、医療者側に助言したり、サポートしてくれる機関は、あまりありませんでした。
by 鶴亀松五郎 (2008-09-07 11:23) 

鶴亀松五郎

訂正です。
underpeformance(技能が低い)→underperformance(技能が低い)

以上、長々と書いて参りました。

私は、一般市民のかたのブログより、こういった医療職のかたのブログに書き込んで、医療安全に関しての医療職の一人としての考えや、実際に経験したり、調べたりして、知っていることを書かせて頂いています。
特に大野病院事件では、一方的に相手を責め立てるコメントが、医療者側にも、一般市民側にも多かったと思います。
公判記録を全部読んだり、家族関係なのど事実関係をきちんと調べたり、事件となった背景を調べていけば、医療者側、一般市民側の双方とも、落ち着いてコメントできたのでは?と思いました。
実はこうなんですよ、と言う感じで。

医療系ブログの中では、僻地の産科医先生の「産科医療のこれから」は、医療者の立場での論調ですが、落ち着いた口調で書かれており、大変、参考にしております。

また、筍ENT先生が、いつも問題点を提起してきださるので、便乗してコメントさせて頂いていることを感謝しております。


by 鶴亀松五郎 (2008-09-07 11:42) 

筍ENT

「医療に全く関係のない人間からも一言」さんから、患者さんの視点からのコメントを頂き、大変参考になります。

鶴亀松五郎先生からは、私の情報収集力不足部分を大いに補って頂いて、大変感謝しております。

上記の件については私から追加して書かせて頂くことはありません。お二人に御礼申し上げます。
by 筍ENT (2008-09-07 20:43) 

 医療に全く関係のない人間からも一言

すみません。
瑣末なことですが、

>医師の場合は、医学部に入っただけではだめで、国家試験があります>から、入学したから安泰と言うことはありません。
>一般の大学、学部とは違います。安泰ではありません。

入学して安泰というのは「一般大学のような」という意味での一例です。
ただ、医師資格も取れば安泰といった面があるのではないか、と思って書いたのは言葉の通りです。

>日本の場合、医療機関へのフリーアクセスがあって、(都会に住んでい>れば)不安なら別の医療機関をすぐに受診できるけですから、その点で>も恵まれているのではないのですか?一般市民のかたには、そういう点>への理解が少なく感じます。

これは全く以ってその通りですね。
日本では当たり前過ぎて、その良さが今ひとつ理解されていません。
私も反省しないと…。

鶴亀松五郎さまには
不勉強をいろいろと指摘して頂き、また丁寧な説明は勉強になりました。
ありがとうございました。

また更新制自体にも、
ただでさえ忙しいのに更新対策のために時間と労力を割かれる。
僻地などで診療し、更新のための条件が悪い人が排除されるなど、問題があるようですね。

しかし、それでもと思ってしまうのです。

職には向き不向きがあり、
勉強を頑張って資格を取っても、日々精進(しない人は論外)しても、
その仕事に向かない人。
実際に臨床や医療従事そのものに向かない方は確実に存在すると思う。
偏差値がいくら高くても仕事ができない人は一般社会にいくらでも存在します。
ただ、一般社会に比して、命が係わる医療において向かないでは済まないと思うんですね。

>医療職側の自助努力は、あくまで医療職自身のスキルを落とさない為で>す。結果として、患者さんのメリットになるからです。
>一般市民からの信頼度アップが目的ではありません。

重々承知しているつもりなのですが、
個々の努力に委ねるだけでなく、客観的なシステム(それが難しいんでしょうけど)の必要性を感じます。

http://hodanren.doc-net.or.jp/iryoukankei/seisaku-kaisetu/050415menkyo.html

これを読むと誰もが納得する客観的なシステム(この場合は更新制ですが)って本当に難しそうですね。

まぁ、私には医療従事関係者はあまりいませんし、
「そんな不適格者は日本の医療界には存在しません」
と言われれば反論の余地はないんですが…。


by 医療に全く関係のない人間からも一言 (2008-09-08 19:42) 

鶴亀松五郎

医療に全く関係のない人間からも一言さま、私のながーーいコメントにお付き合い頂き、ありがとうございました。

わたしは一旦、一般の大学を卒業してから、国立大医学部に入りなおして医者になった経緯があります。
人のために役立って、一生働ける仕事を、というのが医学部再入学の同期です。そして、医大卒業後20年が過ぎました。

医学生のころ、医者になりたてのころ、専門医資格を取ったころ、今現在、
医療に対する情熱に変化はありませんが、患者さんや家族への対応の仕方は、経験を重ねるにつれて自分で学んできました。
誰かが教えてくれるわけでもなく、自分で学び取っていくしかないです。
患者さんや、家族は、こういう言い方や対応を望んでいるんだな、だったら、こんなふうに言おう、対応しような、見たいな感じです。
殆どの臨床医がそうだと、思いますが。

医者というのは、やはり健康な人ではなく、何かしら病気を抱えている人を相手にしている職業ですから、まず、人と対面して、きちんとコミュニケーションが取れないとダメです。特に相手は病人ですから、健康なかたに対しての受け答えとは違った言い方や態度を心がける必要があります。
人間が好き、というタイプじゃないと難しいかもしれません。
医学部を出ても人との交わりが苦手なかたは、ちょっと失礼な言い方ですが、基礎研究のほうが向いているのかもしれません。
(もちろん、人と人との交流が好きな基礎研究者もいらっしゃいます)

それと、辛抱強いことも必要です。と、同時に、諦めが早いというか、気持ちを切り替えられタイプであることも必要です。
患者さん、家族のかた、スタッフ、人間関係のストレスがたまりますが、うまく切り抜けることを学んでいけるタイプは、長く臨床医を続けられるタイプです。
ストレスに押しつぶされそうになったら、比較的緩やかな職場に移って、また復帰すれば良いのです。

そうそう、つねに専門職としてのスキルや知識を落とさないために、努力していけるタイプ、努力を惜しまないタイプであることも必要です。

・・・なんて、偉そうなことを書き連ねて参りましたが、20年、臨床医をやって、やっと、判ってきたことです。


by 鶴亀松五郎 (2008-09-08 22:19) 

鶴亀松五郎

ババーッと書き込んで誤字発見、数箇所ありましたが、一応、一箇所だけ訂正です

再入学の同期→再入学の動機。
by 鶴亀松五郎 (2008-09-08 22:40) 

筍ENT

お二人とも度々ご訪問ありがとうございます。

大変参考になっています。鶴亀先生のように系統立ってうまく書けないのですが、私は駆け出しの頃は患者さんとのつき合いが下手でした。私も臨床は向いていないか、と思ったこともありました。

その後、一番大切なことは、患者さんのことを好きになること、患者さんの笑顔が自分の幸福となることかな‥と思うようになって来ました。
そうすれば、患者さんといつも同じ方向を向いて行けるように思うからです。
医療事故の裁判などのニュース記事を見ると、自分がそういうつもりでも、記事のように患者さんに糾弾されたら悲しいだろうと思って、色々な記事を書き散らしています。

引き続きお付き合いのほどお願い申し上げます。
by 筍ENT (2008-09-08 22:49) 

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